

1997年3月、大手百貨店のバイヤー・セールスマネージャーからプルデンシャル生命保険のライフプランナーに転職。
同年4月から12月でMDRT入賞、契約件数は200件を超え「150LIVES」を達成しました。
元々大手百貨店時代に宝飾品のショップディレクターを手掛けていたこともあり、そのベースマーケットは一般的にいえば非常に期待できるものがあったのですが、いわば「手のひらを返した」ようなアプローチに抵抗感があり、ベースマーケットには殆ど手を付けずに紹介によるマーケット拡大を目指しました。また一方、これまで手掛けてきた個人マーケットの宿命とも言える、「紹介を繰り返すと若年化し、一件単価も小さくなる」ことは避けられないため、「どうせ同じことをやるなら法人」と思っていました。そんな矢先、ある経営コンサルタント会社の主席の方と知り合うことができ、その方をキーマンとして法人市場へと完全に仕事をシフトしていきました。
プルデンシャル生命は代理店制度が無く、保険代理店の情報は全く皆無の状態でしたが、2006年半ば頃に既契約のお客様から他代理店の話を聞く機会があり、その代理店の方からご紹介いただき、ライフプラザホールディングスを知ることとなりました。(そのご紹介頂いた方ものちに当社に入ることになりました)
「取扱保険会社40社以上というボリュームの大きさと商品特性」を十分消化し身に付けるまで、保険会社の研修に積極的に参加・猛勉強をし、約半年間は必要に迫られる以外の販売活動は一切行いませんでした。
その後、自分自身のチューニングが完了し活動を再開したわけですが、プルデンシャル生命時代のお客様には当時の最高レベルの提案をしてきたという自負もあり、それ以外のお客様のマーケットに着手し、それでも3ヶ月で年換算手数料1,800万円の成果を得ることが出来ました。
一社専属時代と比較して一番大きく変わったのは、商品を販売するのではなく、「保険としての必要性を仕組みとして販売する」ということではないかと思います。一例ですが、ある医療関係の組合団体にアプローチした際も、理事会でプレゼンテーションを行い、自分達の優位性を理解頂き、その後業務提携を締結し、団体配布の機関誌に掲載していただけることとなりました。それと同時に半年間医療業界の勉強を徹底的に行い、その後大きな成果となって実を結びました。
また、この業界は一匹狼に活動する人が多い中、私は仲間と一緒にチームを形成し、その組織力を最大限に発揮することによって、大手企業へのアプローチにおいても互いに補完し合い、信頼関係を得やすい環境を作ることができている思います。
そして協力者との関係構築においても、一社専属には無い中立公平さとダイナミックさが非常に大きな魅力となっていると思います。
当グループの「ほけんショップ」は、販売ノウハウが体系化できています。しかしながら、保険総合代理店の95%以上を占める訪問営業においては、まだ体系化できていないのが現状です。今後は先ほどお話した組織力を最大限に活用して、法人保険販売においても、ニーズの引き出し・顕在化などを体系化したいと思っています。
そして様々な方向の分析手法から、クライアント法人の目的あるいは事業環境に応じて、リスクマネジメントやファイナンシャルプランの最適なポートフォリオをピックアップし、本質的な解決すべき課題や、更には新たな事業機会の発見を効果的に行う、保険版のコンサルティングメソッドを確立し、それにより潤沢なマーケットが創出できるファイナンシャルアドバイザーを目指したいと思います。